女喰い聖書・企画2006年4月4日
【寧々テキスト〜第十話〜】




■2001年4月19日・更新 <第十話>

『こずえ』

こずえも覚悟は出来ていた。俺を抱きしめている両手の力の強さがそれを物語っている。沈黙が続く。その間にもこずえの体温と生暖かい吐息が身体全体に伝わってきていた。そして、そのぬくもりは心の隅まで届き、愛の動きを知らせてくれる。こずえの気持ちが心地よく感じる中、俺は意を決し、顔をこずえの耳元に近づけ、囁いた。


「ゴメン。俺、寧々のことが…」


大きな音を立てて電車が通り過ぎる。一瞬、こずえの身体が硬直し、そして、また沈黙が続いた。


「……こっちこそゴメンね」


電車が通り過ぎ、静かになるのを待って、こずえが言った。と同時に俺から身体を引き剥がし、ヨロヨロっとよろめきながら自転車へ近づいていく。ハンドルを持ち、心元なく自転車を引きずって、そのまま繁華街の雑踏の中へ消えていった。

――ま、こずえは友達だから私から忠告させてもらうけど、こずえを泣かすようなことをしたら許さねーから

寧々の言った言葉がふと過ぎる。

――あ…違うよな。”遅かったのは私の方”。ゴメン…

しかめっ面している俺がいた。

寧々が好きだったら、あの時、追いかければよかったのに。なのに、こずえと飲み続ける方を選んだ。寧々のズルイ発言にムっときて変な意地を張ってしまっていた。ゆえに行動は中途半端なものになって、結果、こずえの自尊心を傷つけた。気持ちを弄んでしまった。こずえをピエロにしてしまった。愚かな行動。これ以上の言葉は他にない。

今からでも雑踏に消えたこずえを追いかけ、泥酔しているのを理由に、家まで送っていくことを提案することは出来るが、それは、どんなに心配から出た提案でも、同情と取られるだろう。愚かな行動を親切心で少しでも誤魔化そうとしている自分がいることも否定できない。

何をやっても、もう遅い…

こずえと飲み続ける方を選んだ時から、寧々に対する気持ちはきっぱりとあきらめるべきだったのだから。こずえが消えた後も、その方を呆然と見ていた。



――携帯電話が鳴っているのに気がついたのは、それからしばらくしてからだ。

しかし今の俺は自己嫌悪に陥っていて、誰とも話したくない気持ちでいっぱいだった。かけてきた相手には悪いと思ったが出ないことに決めた。しかし、そんな俺の気持ちを無視するように携帯電話は延々と鳴り続けている。無機質なデジタル音。耳障りだった。苛立ちを感じた俺は「切」ボタンを押して、留守番電話に切り替えようとし、ポケットから取り出す。否応にも液晶画面が目に入る。そこに表示されていた「着信」に続く、電話帳の登録名――


「寧々」


俺は慌てて通話ボタンを押すと、緊張な趣で電話に出た。