女喰い聖書・企画2006年4月4日
【寧々テキスト〜第十七話〜】




<第十七話> 2001年4月19日の日記リニューアル 

『時が許してくれるまで』

「話っていうのはね…」

寧々は大きな瞳で俺をじっと覗き込んでから、ダンボール箱が乱雑に積んであるリビングに視線を向けた。

「私たちのこと…当分、誰にも内緒にして付き合っていく。っていうのはダメかな?」

「………」

眉をひそめる俺。その表情を横目でチラリと盗み見した寧々が、さらに続けた。

「らんのコト好きだよ。でも…こずえも大切な友達で失いたくないの」

思わず「噴水公園で”私もこずえに言わなきゃ”って言ったじゃん」って有言実行を促しそうになった俺だったが、仮にも1つ年上で人命を扱う優柔不断が許されない現場を数年すったもんだやってきている立派な社会人である。まったく逆のことを言っているのは本人も百も承知の上であることは確かで、すなわちこれが本音なんだと。そんな思いが留めてくれた。

「いいのか?それで」

それに俺は俺で公しなくても好都合な面があった。俺には寧々の他に女がいるわけで、いくら寧々にベタ惚れしたとはいえ、一番惚れた女ができました。はい、さようなら。…と、いうような、おもちゃのように他の女をポイっと捨てる真面目さは残念ながら持ち合わせていない。ま、公になったとしても寧々と他の女の接点は皆無で噂が届くはずもないのだが。改めて自分で自分を最低な男だと思いなおしていたら、

「うん。わかってくれるの?」

ホッと胸を撫で下ろして笑顔を見せた寧々。

「俺は寧々と会えればどんな状況でもOKさ。でも、この先、苦しいことばかりだと思うぞ?こずえと会うたびに罪悪感に苛まれ、寧々一人苦しむ。お門違いな自己犠牲のもとに成り立つ友達関係を続けていくわけだから」

少し厳しいことを言い過ぎたかなって後悔し、寧々の顔を覗きこんだら、やはり笑顔は消え、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。

「ずっと黙ってるわけじゃないよ。もう少しだけ時間が欲しいの。今からでも言えば、こずえは許してくれるかもしれないけど、”かもしれない”じゃダメなの。いえ、例え許してくれるってわかってたとしても今は言えない。怖いの…今はとても怖い…」

時が許してくれることもあるだろうから、今はそれでいいと思うよ寧々。お前はお前で真剣に悩み、お前なりの答えを見つけたんだから。武者震いのようにガタガタ震える寧々を俺は優しく抱き寄せると頭を撫でた。

「ごめん。私ばかりズルいこと言っちゃって。時間が経てば、言えるし、許してくれそうな気がするの」

俺に比べれば小さなズルいに真剣に悩んでいる寧々は俺の肩に目を擦りつけ心もとない細い声で謝った。なにも謝ることはないのに。そう思いながら俺はずっと知りたかった理由をここで聞いてみることにした。寧々がここまで怖がる理由――

「でもなんでそんなに怖いんだ?寧々とこずえの間に何があったか教えてくれ。まずは…こずえはいつから俺に好意を持っていた?」

「初めて会ったコンパだと思う」

「なるほど。んじゃさ、こずえから”らんまるのことが気になってる”類のことを面と向かって告白されたことがあるの?」

「…………」

「こずえの気持ちを”勝手に察していたのか?”それとも”知っていたのか?”」

「…知ってた」

「そうか。いつ?」

「みんなでらん家に行ったって話を覚えてる?らんは留守で…。それを言い出したのがこずえで、あの娘、好きな人が出来ると積極的なタイプだから”もしかして…”って思って聞いてみたら案の定そうで」

「その時、寧々はこずえに何言ったの?」

「………」

「おい?」

「…あの男だけはやめとけ」

「おい(汗)」

「ねぇ?らんと電話で話した金曜の夜、覚えてる?」

「”土曜日来い!”って言われたやつな」

「本当は土曜日は私一人で荷造りする予定だったのね。でもらんと電話してる最中に急に思いついたの。”らんとこずえを仲良くさせるチャンスかも”って。土曜日はこずえも休みだったし丁度いいとも思ったの。それで電話が終わった後にこずえに連絡したのね。”明日、らんまるが荷造りの手伝いに来るんだけど、こずえはどうする?”って。そしたら予定をキャンセルしてまで来てくれたんだ。嬉しそうだった」

「”女友達が一人だけいても力仕事出来ないからさー”って言ってたのは嘘だったのか」

「その時点ではね」

「そんな裏があったのか…」

「それに荷造り中にこずえが見つけたピンクの封筒…」

「ド派手なピンクの封筒ね」

「これは本人から聞いたわけじゃないけど…こずえが仕込んだものだと思う」

「まじで??でも想像だろ?」

「金曜日の電話で”夕方、飲むの?”ってこずえに聞かれた時、私、引越し費用で出費重なってたから”お金ないから飲まない。こずえとらんまるで飲みに行けばいいじゃん”みたいなことを言ったら、”二人だけじゃ緊張する”って言われたんだよね。”寧々も一緒に飲みに行こうよ” ”やめとくー”って話してて、それで会話は終わったんだけど」

「それでこっそり封筒を…って?まさか!ないない!」

「確かに考え過ぎかもしれないけど…」

「考え過ぎだって。もし、こずえの仕業だったとしたら、こずえ的にはかなりやりきれない結果ってことになるぞ?」

「そうなんだよ!だから怖いの。私はこずえの気持ちを知ってって、応援していたにも関わらず、らんと……。最悪だ。私」

「まぁ…8割方、俺が強引だったって話もあるが…」

「らんは悪くない。ちゃんとこずえに言ったし。悪いのは私で言えない私はズルいんだよ…内緒にすればどっちもうまくいくと思ってるもの。そんな甘くないのにね」

「もうやめよう。堂々巡りになりそうだ。きっと時が許してくれる。それで行こうって決めたばかりなんだし。な?」

「………うん」

まさかこんなストーリーが寧々とこずえの間にあったとは想像もしていなかったので驚き慌てふためいたが、同時に寧々の判断はしょうがないことだろうと思った。きっと時が許してくれる。

こうして俺と寧々の秘密の恋愛が始まった。果たして時が許してくれるのか。それを知るまで8ヶ月の時を必要としたのであった。